愛知県豊橋市に知る人ぞ知る楽器店があります。その名もシライミュージック。
ドラム関係では多くのセミナー・クリニックを開催したり、オリジナル商品を作成したりと要チェックな楽器店です。
中でも過去に開催された小出シンバル作成イベントは瞬時に完売してしまった伝説のイベント。
今回、幸運にもその1枠をゲットできたので、イベントの内容とともにシンバル作成の秘密について触れていきたいと思います。
Contents
今回のイベントは大阪の小出シンバル工場で、実際に18インチのシンバルを自分自身でハンマリングした上に、レイジングしてお持ち帰りできるというイベントです。
左奥が700度に熱する窯。右が熱したシンバル素材をプレスするプレス機。
材料の板を熱する窯があります。温度は700度。これ以上高いと柔らかすぎて、低いと加工時に割れてしまうので、700度が素材にとって最も適した加工温度だそう。
加工前のシンバル素材は本当に鉄板のよう。この素材からシンバルが作成されます。
700度で熱した素材はすぐにプレス機で圧力をかけてカップを形成。
カップができたらもう一度700度の窯に入れ、その後、水に浸して冷まします。
急速に冷やすことでシンバルの周囲が波打つように変形するので、小出さんでは型で整形し、ボウの部分を延ばして平にします。この工程、他社では再度プレスするところもあるそう。
マシンハンマーの場合は、ここでハンマリングマシンによるハンマーが打たれます。
ハンマーを綺麗に打つのは難しいので、マシンハンマーと言えどもその工程は気を抜けません。
小さな口径のシンバルは治具を使うこともあるとのこと。
ハンマーの具合でボウの丸みも決まっていきます。小出さんではスケールを用いて、品質の保たれた製品を製造されています。
ここまでが見学、次のハンマリングからイベント本題の実践になります。
作業台の上に各種ハンマーと試奏用のスティック・マレットなど。手袋も大事。
ハンマーはトルコから取り寄せたシンバルハンマー。重さは1ポンドと1.5ポンドのものを準備していただきました。
今回の参加者に準備されたシンバル素材。基本スペックの同じものが3枚。好みの素材を手に取ります。
表は加工なしのドライ、裏面は重さを均等にするためレイジングされていました。
さあ、素材を手にした後は念願のハンマリング!
手順としては次のようにします。
ハンマー台の上に今回のシンバル素材を乗せ、反対の手や足を使ってシンバルを固定しながら利き手でハンマーを使ってシンバル素材を叩くのです。
全面に渡ってハンマリングすることで響き方が変わってきます。最初は鉄板みたいな音でしたが、30分ほどかけて内周から1/3くらいのハンマリングを終えるとシンバルっぽい音に変わってきます。
慣れてくると、ハンマーを同じ位置で叩けるようになるので、左手でシンバルを回しながら連続してハンマリングができます。
しかし、今回準備された2時間枠ではまったく上手くできません。
調子に乗って1.5ポンドで始めたハンマーも数分で疲れ、小出社長からのアドバイスもあり1ポンドに変更しました。数回なら1.5ポンドも問題ないのですが、2時間叩き続けるとなると1.5ポンドはかなり手ごわいです。
カップを残して、ボウの部分から順番にハンマリングしていきます。一列に「の」の字にハンマーできると綺麗に仕上がるようですが、なんせハンマリング素人は打痕が定まらないのであちこちに散らばります。
ハンマーされると打痕部分が凹み、周囲が盛り上がることから、同じ場所を何度もハンマリングしないように小出社長から注意がありました。つまり口径によってハンマリングできる回数には上限があるということ。大事なノウハウですね。私は比較的、密にハンマーしていたので特に気を付けたい部分。
ちなみにハンマリングは弱くたくさん叩くと綺麗系の音色に、強く少なく叩くとダーク系の音色になるそうです。
参加者はみんな一心不乱にシンバルをハンマリングし続けます。
最後は仕上げです。レイジングという削り加工になります。
回転するドラムにシンバルを固定してノコのようなもので削りますが、これは熟練工の技術が必要な部分なので小出社長と延命寺さんに手伝っていただきました。
私の個体は18インチで最初1800gほどあったので、小出社長と欲しい音色などについて相談しながら1550gを目標に裏面を削ること。
まず、ここでは1600gまで削って終わりです。表面も削る必要があるので、そちらで削る分も想定して両面をバランスよく削っていきます。
レイジングでも、一気に仕上げてしまうのと、ゆっくり仕上げるのではレイジングの溝が変わってきます。
名称がわからないのであえてノコと表現しますが、ノコを早く動かすと溝の間隔が広いレイジングになります。逆にゆっくり動かすと溝は狭くなります。
今回の3人は様々なレイジングをリクエストしました。
レイジングしないままでも十分に仕上がったAさんは少し余韻もほしい感じで、外周から3cmだけレイジングしました。結果、満面の笑みで「これです」と大満足に。
カップと外周にドライ部分を残してボウの中間部分をレイジングしたBさんのシンバルは、最初ライドとして使いたくなる良い音がしていました。しかしどこか物足りない様子。結局、カップ部分もレイジングし、外周のドライ部分にもうっすらと溝を切り込むことでご満悦でした。
私のリクエストは「余韻はあるけど目立たない立ち上がり、でも立ち上がりはしっかり出したい」という無茶な相談。ハンマリングの段階で小出社長には伝えていたので、私のシンバルは外周を3cmくらいハンマリングせずに残しておくようにアドバイスをいただきました。
結果、裏面は全面レイジング、表面はボウを全面、カップはレイジングなしの仕様に。重さは予定どおり1550gぴったりに仕上がりました。
レイジング後はこのような仕上がり。カップを残してボウを均等の厚さにレイジングしていただきました。
割と欲しい音色が頭の中にあったので、加工作業は早く、3人の中で一番先に完成しました。しかしせっかくの機会なので、もっといろいろ加工していたかったです(笑)
以前、ドラム講師のymmrさんから「みんなシンバル叩けばいいんですよ」と言われていましたが「そんなもったいないことできないよ!」と思っていました。しかし今回のイベントでその思いはあっさり覆りました。みんなどんどん叩けばいいんですよ(笑)
今回、実際にハンマリングしてみて意図する場所へ意図する強さでハンマリングすることは相当に熟練の技が必要だとわかった。もちろん1〜2時間でなんとかなるわけではありません。
それにもかかわらず、持ち帰ることのできる品質にまでサポートしていただいた小出社長のスキルとノウハウは素晴らしいものがありました。
ということはですよ?ジルジャンとかセイビアンというシンバルメーカーはものすごい量のシンバルを(ある程度まとまった品質で)出荷しているということが奇跡のように感じます。
シンバルメーカーだけではないと思いますが、その既製品の品質と精度の高さに驚かされますね。
もちろん、ジルジャンなどは個体差があることを認めつつ個体を選別する楽しさを感じてほしいと伝えています。
可能であればこれから購入しようと考えているシンバルのモデルと対抗馬のモデルを複数枚試奏してほしいですね。
その経験からだけでも既製品シンバルにおける品質の高さを感じることができるでしょう。
レイジングの前後で小出社長と話してて感じたことがあります。
ハンマリング後に「この音が気に入りました」と伝えると浮かない顔をします。
「シンバルはこれから音が変わるからね」
そのためハンマリング直後の音で判断してはいけないとのこと。
シンバル加工で有名な延命寺さんと理由についてお話しさせていただきましたが、ハンマーで押しつぶしたシンバル合金は元に戻ろうとする力が自然に発生するそう。
つまり、針金を曲げても少し戻ったりしますよね。形状記憶合金のようなあの理屈です。それが合金の分子レベルで起きてるそうらしい。
それもあって、一枚のシンバルを作るにはかなりの時間が想像されます。普通に製品として出荷するには1か月とかザラにかかるのでは?との問いに延命寺さんは「短くてそれくらい」と答えてくれました。
ハンドハンマーのシンバルは叩いて寝かせて試奏して〜調整して叩き寝かせて試奏して、を繰り返すそうです。寝かせるのは最低1週間。そのため結局は1か月くらいかかってしまうのですね。
完成後の音色が分からない、失敗したら嫌だ、いろんな感想があることを承知でいいますが一度ハンマリングを経験してみると良いでしょう。わかることがたくさんあります。
私も最初は勧められて自分のシンバルを駄目にしたらもったいないと思って実行に移せませんでした。しかしいろんな方法がありますし、体験コストもそれほど高価ではありません。
お薦めはスタジオで使い終わった500円程度で売ってる割れシンバルです。特に円周に沿って外周が割れているものはお薦めです。18インチを16インチなどに改造しやすいためです。
必用なものはホームセンターで揃います。金ノコ・金属やすり(可能なら荒いものと細かいもの)・金属ハンバー(できれば面にRの付いた丸いもの→角ばっていると角が当たってハンマリング痕が鋭くなります)・金属製の台(丸いペレットなどで可能)があればシンバル加工ができます。投資としては約数千円でしょうか。
駄目にしても惜しくないシンバルをハンマリングすることによる音色の違いを知ることでハンマリング体験ができます。
その後、使うためにハンマリングするにはAジルジャンなどの一般的な量販モデルがお薦めです。失敗しても再度入手しやすいことが理由です。
小出社長は元々、金属加工業をされていたそうです。いつの頃からかシンバルを作ってみたいと思っていたそうです。そして、最初はトルコから合金素材を輸入されていましたが、今はmade in Japanを名乗れるように素材も日本で調達しているとのこと。型番に「-t」がある古いモデルはトルコ素材のシンバルだそうです(豆知識)
さて、シンバルをハンドメイドする(と言っては大げさですが)ハードルはそれほど高くないことを知っていただけたでしょうか。
必要に応じて自分の突き詰めた音を探る旅も楽しいものです。
ぜひ旅立ってみてください!